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2007年 01月 17日
会見の中でダイスラーは、「もはや(度重なる手術をした)自分のひざを信じることができなくなってしまっている。これは自分にとって苦痛でしかない。心から楽しむのではなく、大きな妨げを感じる中でサッカーをしている。また何か起こるのではないかということが常に頭をもたげており、そうしたことから解放されることはなかった。全力でプレーできないのであれば意味がない。中途半端なことは、自分にも、チームにも何ももたらさない。この決断は昨日、今日に出てきたものではなく、長く自分の中であったものだ。引退を決意した決定的な要因の大部分を占めるのがけがではあるが、ほかにも要因がある。こうした決断は自分にとってたやすいものではなかったが、この結論を出したことに満足している」と、引退を決断した理由と経緯について語った。 今後については「落ち着いて気持ちを切り替えたい。自分の家族と一緒に旅行に出ることになるかもしれない。今後については、それから決めることになるだろう」と、当面は白紙であるとした。 この会見には、すでにドバイでのキャンプ中に、ダイスラーから引退の意向について伝えられていたというヘーネス・マネージャーが同席した。 15日の夜にダイスラーから最終的な決定を伝えられ、同日の真夜中まで説得を試みたというヘーネスは、「これ以上ないほど今回の決定を残念に思うだけでなく、ぼうぜんとしてしまっている。最後の最後までこれが単なる悪夢であることを願い続けていた。チームも大きなショックを受けている。われわれはダイスラーに現役を続行させるべく 戦って来た。これまでドイツが生み出したベストプレーヤーの1人なのだから。ダイスラーが最終的な決断を下すまで、あらゆる手を尽くしてみたが、そうした戦いも意味を持たないという結論に至った。敗北を喫したということだ。彼の決断を受け入れなければならない」と、失意を口にした。 また、ヘーネスは、2009年6月30日まで残っているダイスラーとの契約を解消するつもりはないことを明らかにした。 「いつの日か、ダイスラーがこの決心を覆すようなことがあれば、契約がある以上は戻って来ることができる。ダイスラーにはいつでもバイエルンに戻って来れるということを伝えたかった。もちろん(戻って来るか来ないかは)彼次第だが」と、ダイスラーの復帰に望みをつなぐ意向であることを語った。 27歳という働き盛りにキャリアを終える決断を下したダイスラー。1998年にボルシア・メンヘングラッドバッハでプロデビューを飾り、ドイツの将来を背負って立つ希望の星とされたものの、その後は右ひざの5度にわたる手術をはじめ、度重なるけがに泣かされ続けた。自国開催の昨年のワールドカップだけでなく2002年の日韓大会もけがで棒に振っている。ダイスラーは、手術、負傷、戦線離脱、リハビリ、復帰の繰り返しを強いられる中で、2度にわたりうつ病を患うなど、心身ともに過酷な試練を与えられ続けていた。 ドイツを大きなショックに包むことになったダイスラーの引退について、レーブ・ドイツ代表監督、ビアホフ・ドイツ代表マネージャーは、ドイツサッカー協会を通じて次のようなコメントを出している。 レーブ監督 「彼のような素晴らしい能力を持った選手がこうした形でキャリアを終わらせなければならないというのは非常に残念だ。だが、彼の身体について1番よく知っているのは彼自身であり、これまでの度重なるけがから、これ以上はできないという結論に至ったのだろう。ドイツのサッカーにとっては非常に残念なことだ。けがの間もダイスラーと私とのコンタクトが途切れることはなかった。そのことは、今回の引退があっても変わらないだろう」 ビアホフ・マネージャー 「先週、バイエルンのヘーネス・マネージャーと電話で話をした後、ダイスラーが再び良い方向に向かっているという印象を受けていた。引退を決意したことは非常に残念なことだ。セバスチャン(ダイスラー)の類まれな才能については疑問の余地がない。この決定が一時的なものであると思いたい。いずれにせよ、代表チームは彼を引き続き歓迎する。言うまでもなく、願わくは選手としてだが、お客さんとしてでも、いつ何時も歓迎する」 -Saho Kobayashi from Germany- [ スポーツナビ 2007年1月17日 12:09 ]
by intervalo
| 2007-01-17 12:59
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